HOME >> 協会概要
社団法人日本インディアカ協会は、日本国内におけるインディアカ界の統括団体として、インディアカの普及振興を図り、生涯スポーツを推進するために設立された団体で、それを具現化するための各種事業と組織を有しています。
| - | 役 職 | 氏 名 | 所 属 |
| 1 | 会 長 | 吉 田 正 志 | (財)日本レクリエーション協会顧問 |
| 2 | 副 会 長 | 丸 山 正 | 八王子市レクリエーション協会会長 |
| 3 | 常務理事 | 押塚 登貴夫 | 元(財)日本レクリエーション協会部長 |
| 4 | 理 事 | 井 谷 正 由 | 山形県インディアカ協会理事長 |
| 5 | 理 事 | 本 沢 光 一 | 栃木県インディアカ協会理事長 |
| 6 | 理 事 | 金 子 良 治 | 滋賀県インディアカ協会会長 |
| 7 | 理 事 | 小 林 三 郎 | 株式会社 キャッツ 顧問 |
| 8 | 理 事 | 小森谷 大弐 | 千葉県インディアカ協会理事長 |
| 9 | 理 事 | 塩 脇 紀 子 | 船橋市インディアカ協会会長 |
| 10 | 理 事 | 瀬 戸 章 嘉 | 日本赤十字社大阪支部総務課長 |
| 11 | 理 事 | 田中 系之助 | 愛知県インディアカ協会会長 |
| 12 | 理 事 | 野 々 宮 徹 | 愛知教育大学教授 |
| 13 | 理 事 | 橋 本 邦 男 | 広島県インディアカ協会理事長 |
| 14 | 理 事 | 山 口 松 博 | 長崎県インディアカ協会会長 |
| 15 | 理 事 | 高 橋 良 枝 | 群馬県インディアカ協会理事長 |
| 16 | 監 事 | 武石 記代子 | 東京都インディアカ協会副会長 |
| 17 | 監 事 | 田 口 久 男 | (有)田口設備サービス代表取締役 |
都道府県を代表するインディアカ協会が全国47都道府県で組織され、加盟団体となっています。
各都道府県協会は下部組織として市区町村インディアカ協会を有しています。
個人会員、公認審判員は市区町村協会に位置づくと共に、都道府県インディアカ協会にも登録され、さらに(社)日本インディアカ協会で公認され、登録されています。
また、日本国内では(財)日本レクリエーション協会に加盟し、国際的には2000年5月に設立された「International Indiaca Association」(国際インディアカ協会)にドイツ、スイス、ルクセンブルク、スロヴァキア、イタリア、エストニアと共に加盟しています。
日本にインディアカの用具が入ってきたのは1968年頃で、「ピンポンパン」の名前で市販されました。当時の用具はあまり良くなかったこともあり、子供の遊び道具程度にしか認められていませんでした。
(財)日本レクリエーション協会は、同協会発行の月刊「レクリエーション」1970年6月号で、インディアカはドイツのトリムスポーツの優れた用具であることを紹介し、ルールの翻訳も掲載しましたが、一般にはまだ広まりませんでした。
1970年代は、「みんなのスポーツ」いわゆる「レクリエーションスポーツ」のニーズが高まり、いつでも、だれでも、どこでもできる新しいスポーツゲームが求められるようになった時期でもあります。
(財)日本レクリエーション協会は改めて、旧西ドイツ製の新しいインディアカボールを輸入し、レクリエーション指導者の活動に組み込み、積極的に普及に務めました。その結果1970年代半ばには全国に次第に愛好者の増加をみるに至りました。
さらに正しい方法での一層の普及を図るため、(財)日本レクリエーション協会が世話役となって、1977年10月1日「日本インディアカ振興会」が発足されました。この日本インディアカ振興会は、競技規則の制定や組織づくり、講習会の開催など普及活動に務めました。その活動を母体として全国的に組織が拡充され、1980年3月、「日本インディアカ協会」が設立されました。
以後、文部省(現文部科学省)主催の「全国スポーツ・レクリエーション祭」の正式種目として、また日本レクリエーション協会主催の「全国レクリエーション大会」においてはニュースポーツの交流部門の種目として採用され、全国からたくさんのプレーヤーが集い、大会成功の一翼を担うまでになりました。さらに、「全国インディアカ大会」、「オールジャパンレディースインディアカ大会」など全国レベルの大会が開催されるようになりました。
1995年6月、日本インディアカ協会は文部省(現文部科学省)より「社団法人」の許可をを受け、名実ともにスポーツ団体として確固たる地位を築くまでに発展し、現在に至っています。